2021.05.26

コラム

「ボランティア」ってそもそも、何だっけ?

「ボランティア」ってそもそも、何だっけ?

文:Hinata Yoshioka

エネルギー泥棒には気をつけて

ボランティアという言葉はもう、好きではない。とにかくやり尽くした感がある。19歳から始まったそれは、私の人生から切り離せないくらいに存在していた。そして今もまだ、追いかけてくる。

ボランティアという行為自体は、全部がそうだとは言い切れないけれども純粋な善意だし、世の為ひとの為になることが多いだろう。だけどそれは様々な都合によって、上手いこと利用されているだけの場合もあるように思う。

例えばひとつの例として、本来なら国や政府がやらなければならない仕事や出さなければいけないお金を出さずに、ボランティアという善意が推奨されていたりする。ボランティア自体は素晴らしい行為になりえるけど、よくよく見極めないことには、場合によってはエネルギー泥棒に遭っているだけかも知れない。

ボランティアやる側からすると、無報酬の日々があまりに続いていくと飯が食えない。だけど実際に長く活動を続けないことには、ちゃんとした結果を出せない場面も多いだろう。頑張りすぎると負担もかかってちょっと大変、それが、私がボランティアから一歩置きたいような理由のひとつ。


もし、お金のない世界が現れたら...

そんなことから最近ちょっと思ったのは、もし世界が、全くお金を介さない世の中になったとしたら、現在にボランティアと呼ばれている「精神」によって世界をガラリと変えられるのではないかということ。それほど実は「ボランティア」って、重要なキーワードなのではないかと私は思っている。

ちょっと話が飛んでいるようではあるけど、少しだけそのことについて話してみたい。それは、コロナ以後だからこそ見えてくる新しい世界だ。それで大勢の人が生きる不安から解き放たれるかも知れない。

何でそう思うのかというと、人はひとりでは生きていけないのだと言わんばかりに、繋がりを断たれた途端に皆がいろんなものと繋がろうとしたから。まるで無人島にひとり置き去りにされた時のように、不安気な顔で自分以外の生存者との出会いを求めていた。

どうやら人は本来、繋がりたい生き物のようらしい。ひとりで生きていけるようでいて、人との関わりの中で生かされている。

実際のところ「関わり」とは助け合い、補い合うということなのだろう。たぶん。ボランティアという言葉の根っこにある本質はそれなんだと思う。だからボランティアという自発的な行為から、人と繋がりたいという無意識が薄っすら見えるように感じるのだろう。

もし、お金のない世界がやってきたとして、ボランティアの本質であろう「誰かが出来ない部分を助けたい」という精神によって、人々が生きていく為に互いに必要なものを補い合うことができたならば…「喜び」や「幸福感」というキーワードの中で、自然と笑顔で暮らしていける日々が多くなるのではないだろうか。そんなことを考えてみたのだけれど、まあ、これはちょっとした独り言のようなもの。

自分の生き方の軸を探して

ボランティアというものには色んな表情があって、一言で「これは何」と言い切れない難しいものだと思う。私はよくそれについて考えているけれども、あれやこれやと巡らせている内に「生き方」や「幸せとは何か」というところにたどり着く時もある。

この世の中に対して自分は何をできるのか、もとい、私はどうやって世界と繋がっていきたいのか。それをボランティアと呼ばずにミッションと呼ぶことにした。「わたし的ミッション」。その方が自己完結していてスッキリするから。人が関係しようがしまいが、間違っていようがいまいが、常に自分軸であれるから。

ボランティアってホントに必要?

あと、違う角度からもうひとつ。ボランティアって本当に必要なもの?ボランティアをやることが、実際に相手の役に立っているかという疑問もある。長期的に見て、その人の為になっている?やってあげてしまうことで相手の成長のチャンスを奪ってない?

私の実体験から話してみると、私が神戸の震災時にボランティアをやった理由は、自分たちの街を自分たちの手で新たに作り出したかったから。元気で笑顔のある日常を、自分たちがエネルギーを回すことで取り戻せると思ったから。

やりっぱなしでもなく、やったら終わりでもなく、やる事で相手自身が何かを次につなげていくことの出来るような手助け。それが私のイメージする「ボランティア」だ。その為に私ができることって、何だろう?

やっぱりそう、こういうことだ!

当時、避難所で見る人々の顔は疲れ切って、何をするともなく寝転んで1日が終わるのを待つような日々だった。私はまず、日々の情報が書かれた瓦版を避難所に配り歩いた。なるべく元気に瓦版を配って歩き、皆んながどうやったら笑顔になるのかを考えていた。

そんな折、あるミュージシャンからの連絡が届いた。「懐かしい民謡とか演奏できるので、演奏しに行ってもいいですか?」大阪のとあるロックバンドからの依頼だった。そのバンドを知っていた私は担当を名乗り上げて、あちこちの避難所で彼らの演奏の段取りを組んでいった。

避難所での人々の反応は、予想を超えたものだった。バンドメンバーは初め「こんな時に何しに来たんや」って、どなられるのを覚悟で演奏をしに来ていたのだけれど、蓋を開けてみればそこには全く違う風景が広がっていた。

いつも寝っ転がってほとんど動かなかったのに、懐かしい音楽に手拍子を取りはじめたおじいちゃんたち。中には踊り出す人もいて、ああ、やっぱりそうなんだなって思った。

人は感情を表したい生き物で、どこかでその時を求めている。きっかけを作ってあげると溢れ出すかのように出てくる。沢山の笑顔がようやく、戻ってきつつあった。

炊き出しを手伝い始めた人、避難所の掃除を始めた人、自主的に動き始めた人たちから順に笑顔が人々に伝染していく。私の知っているボランティアって、そういうことだった。

繋がりの向こうに見える未来を

人のために何かをすることで、再び活気を取り戻し動き始める世界。誰かが元気になるその「元にある力」を引き出して、ようやくその人にバトンを渡すことができる。バトンリレーが人々の間で長く遠くまで続いていくと、きっと素晴らしいことが起きるかもしれない。そんな世界であったらいいなぁと思う。

生きるとは何か、繋がるとは何か。生きていくということを何かに委ねすぎている現代において、自分たちで自主的に作り上げていく世界を見てみたい。

小さなボランティアの積み重ね。私は今それを「わたし的ミッション」と呼んでいるけど、人々が自主的にそれを実践していくことによって理想の未来を創り出すことにもなっていくのだろうし、繋がるということの中に喜びを見出していけるのではないかと、ぼんやりだけども、今はそんな風に思っている。

 

Hinata Yoshioka

あらゆる世界を歩き回りレポートをするノマド系フォト&ライター。国内や海外を転々と旅して、今までに訪れた国は50カ国近く。沖縄で12年を過ごし、現在は生まれ故郷の神戸で生息中。
田舎でひっそり農業やヒッピー的生活をしたかと思えば、イベントオーガナイズをしてみたりと、とにかく体験型人間。他にもハワイ好きでフラ歴もあり、ロミロミマッサージのセラピストであるなど色んな顔を持つ。

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