ごあいさつ

こんにちは。プロジェクト発起人の湯川カナです。
「神戸でなりわう」は、私自身の実験から始まりました。

・長崎出身。東京で大学生活、学生起業への参加、Yahoo! JAPAN創設メンバー。
・スペインに10年間移住、「ほぼ日刊イトイ新聞」連載から執筆業に。
・現地の大学ですこし学び、出産。

3歳になる娘の手を引いて神戸の(空)港に降り立ったときには、このまちにも関西にも友人はひとりもおらず、そして、仕事もありませんでした。さあ、どうやって生きていこう? 30代半ば過ぎた私の目の前に拡がっていたのは、神戸の海、山(六甲山の向こうは日本海だと思っていましたが)、そして、長崎に比べると大きいけど、東京やマドリードに比べるとコンパクトな、可憐ともいえるくらいの街、それから“希望”でした。ここで、新しい自分たちのくらしを、つくるんだ!

 

ともにスペインから帰国した夫と、まずは住む場所を探して不動産屋さんに飛び込みます。「あー、ちょっと難しいですね」 十年外国にいて起業準備中で勤務先もない私たちに部屋を貸してくれる大家さんはなく、一緒に探してくれる不動産屋さんもいませんでした。初日、ホテルの窓から暮れゆく神戸の街並みを眺めながら、「日本って冷たい」と泣きました。翌日、初めて降りた阪急岡本の駅前で順番に不動産やさんに入り、断られつづけて何件目か、どう見てもチャラチャラしたお兄さんが「わかりました。書面上の情報ではなく、こうして直接お話をしていると信頼できる方とわかります。僕に任せてもらえませんか、日本で再出発するための家を、必ず探させていただきますので」と言ってくれました。

そのNさんは約束通りにたくさんの大家さんと交渉して、西岡本の小さな部屋を見つけてくれました。しかも「失礼ですが、外国から来られて、家財道具一式を買われるところからですよね?」と確認すると、引っ越し当日には会社を休んで自分の車を出して、地元で友人たちが働く大型家電店に同行して「応援したってや」と値引き交渉までしてくれ、さらに一緒に家具店をまわって腰痛の私にかわって自ら布団を運び込んでくれ、その合間に「ここに住むなら知っておかれた方が良いと思いますので」と自身が体験した阪神淡路大震災の話もしてくれました。数年後の退去時もふくめずっとお世話をしてくれたNさんはその後独立。たまたまお互いの転居先で、なんとそれぞれのこどもが同じ小学校に通うことになるという、不思議なご縁が続いています。

 

こうして、まだスペイン語しか話せない娘と、起業準備中つまり無職の夫婦で、神戸でのくらしが始まりました。そのうちこの住まいが、スペイン在住時から5年間連載させていただいていた内田樹さんという思想家・武道家のお住まいと徒歩圏内だとわかりました。当時の夫の個人事業立ち上げ準備を一緒に整えてから、内田さんが師範をつとめる合気道道場に入門。内田先生をはじめ、同門のみなさん、そして内田先生の友人のみなさんが、ちいさな娘の相手から、夫とのおぼつかない起業の支援、良い病院の紹介……「困ったときになんでも相談できる」地域のコミュニティとして、外国帰りでお金もコネも常識も寄る辺もない私たち一家に、それはそれは言葉にできないほど惜しみなく力を貸してくださいました。それもまた、いまに至るまで続いています。

やがて私はこの地で、親子向けの学びの場「リベルタ学舎」をオープンします。枕詞“生きる知恵と力を高める”も、クレド“正直・親切・愉快”も、合気道の教えです。知らない土地でひとりぼっちだったところからスタートした私たち親子が本当に助けていただいた、それがなければ生きていけなかったかも?と思うほどありがたかった、地域の相互扶助コミュニティ。それを私もひとつつくることで次の世代に恩返しをしたい、というのが、「リベルタ学舎」という、学びと実験のコミュニティ創設にあたっての強い思いです。が、フリーライターの起業はあえなく破綻。赤字や経営判断の誤りが続き、夢に溢れてオープンした教室は、たった1年で閉鎖に追い込まれ、力を貸してくださった多くの方にご迷惑をかけることになってしまいました。

 

それでも、お互いに助け合うコミュニティを作りたいんだ。なぜならそれがあるおかげで生き延びることができるひとが必ずいるからだ、あの日の、私たちのように。でも、それをする資格が自分にあるのか? 他人に責められ、自分を責め、もう死んだ方がいいのではと六甲山にふらふら入り、夜遅く帰宅したら寝ている幼い娘のちいさな手を握り「お母さん仕事始めてごめん」と泣き、夫とケンカし……いったい、何のために仕事をしているのだろう。どうして、それでも、この事業を続けるのだろう? いったいなんのために?

そんなときも、支えてくれたのは、「ひと」でした。顧客として親子で参加してくれていた司法書士のOさんは一般社団法人化に助力、さらにはすでに日本でいちばん忙しい著作家のひとりとなっていた内田樹先生との対談本出版に尽力してくださいました。教室で大切に使っていた畳を製作されたMさんは、居場所を失ったリベルタ学舎に学びの場として自社の新しいショールームをずっと利用させてくださいました。大学教授のFさんは自身の教え子たちでもある女子大生の未来に明るい可能性をもたらす社会実験だと評価し、学びのプログラム構築をサポートしてくださいました。

 

離婚もして借金とこどもを抱えた私が、理念と情熱だけは手放さず、実験と失敗を繰り返しながら“なりわう”ことを模索し続けた3年間を支え続けてくれたこの三名、そしてついにもう一度居場所をつくって再始動するときの事業構築をサポートしてくれたサスティナブル経営支援専門家のTさんが、一般社団法人リベルタ学舎の理事です。

2017年夏、三宮・旧居留地にDIYでつくった畳のシェアワークスペースを拠点に、このウェブメディアの母体となる「未来なりわいカンパニー」がスタート。主婦・学生・シニアなどさまざまな個人、行政、そして企業が協働して地域に事業を創出していこうとする新しいプロジェクトに、伝統ある食品メーカーから勢いあるITまで神戸を中心とする地域企業7社がパートナーとして名乗りを上げてくださいました。「未来のなりわいを一緒につくる」という、とてもわかりにくく困難な試みに共に歩み出してくださった、共に未来に価値をつくる意志を強く持たれる企業さんたちです。オープニングセレモニーには、神戸市長をはじめとする行政の方や大学・教育関係者も数多く駆けつけてくださいました。
それから半年経った現在、まだ新しい畳の匂いが立ち上るこの場所で、いま女性を中心に学生からシニアまで150名を超す会員が、“なりわい”をつくる学びと実験を、日々、愉快に行っています。

 

「こういう社会をつくりたいんです!」と旗を高く掲げて振り続けながら、でも自分自身ではまったく力不足の私を、こうして多くの先輩方や、企業さんたち、行政をふくむ地域の方々が支えてくださったおかげで、現在があります。
夢はあるけど、実力も経験もお金も人脈も何もない。そんな私が、理想を実現していくことを“なりわい”とすることができるかどうか、実験と失敗の機会をこれまで何度も何度も与えていただいた……いまも与えていただいているのは、このような地域のみなさまの手助けと温かな眼差しのおかげに他ありません。
そのことに心の底から感謝する私がつくるのは、私のように、夢はあるけどどうしたらいいかわからない、あるいはこれから自分の人生を明るく導く夢をみつけたい、そんな可憐でおバカなパイオニアたちが、それぞれの“なりわい”をつくることを実験し、失敗し、何度でも学び直してチャレンジし続けることをお互いに励まし合い支え合う地域コミュニティです。

 

いま40代半ばに差し掛かる私の目の前に拡がっているのは、海、山(もう、六甲山の向こうに豊かな土地がひろびろと続いているのを知っています)、そして素敵なひとがたくさんたくさん行き交う神戸の街、そしてやはり“希望”です。ここから、新しい自分たちのくらしを、つくるんだ!
「神戸でなりわう」は、私自身の実験であり、そして「やってみたい」と思うあなた自身の実験でもあります。

楽しそう? じゃ、おいで!

 

「神戸でなりわうプロジェクト」発起人
一般社団法人リベルタ学舎代表理事 湯川カナ

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