2017.08.04

対談

「社会は正しい」の正体。
赤澤健一(グッドホールディングス)
×湯川カナ(リベルタ学舍)

「社会は正しい」の正体。赤澤健一(グッドホールディングス)×湯川カナ(リベルタ学舍)

いちばん美しくて大切なものを諦めないと、経営って、できないのかしら?

「君がそうやって綺麗事を言っていられるのは、まだ本当の意味で経営の苦労をしていないからだ」「経営者はまず会社と従業員を守らなきゃいけないのだから、表に出せないこともいろいろあって当たり前。それをしないのは無責任ということだよ」「言いたいことはわかるけど、世の中ってそんなに甘くないから」……

こんにちは、湯川カナです。個人事業から始めた教育コミュニティ事業・一般社団法人リベルタ学舎が、5期目に入ったところです。
実は1年目に一度、事実上、運営を破綻させています。事業拠点・従業員・顧客……すべてを失いました。借金だけ残ったところから再出発して、なんとか軌道らしきものが見えてきたのが、いま。

でも、それ以来、ずっと「経営」に苦手意識があります。最初の拠点を涙とともに撤収して以来、考え続けました。「経営」って、どうやったらいいのだろう? ドラッガーの薄い本を読み、ポーターやコトラーを眺め、グレイトフル・デッドからビジネス・フォー・パンクスまで熟読し、いわゆる「経営者」に会うたびに相談をしてきました。
「あの、私は、個人がより自由に幸せになるために組織があると思うんです」「ウソがあってはいけないので、スタッフにお支払いするのに帳簿すべて公開し続けたいんです」「仕事をすることで毎日のくらしがより幸せになるような、これからの時代の働き方をつくりたいんです」

その度に心優しい“先輩方”からよく返されたのが、冒頭の言葉でした。「言いたいことはよくわかる。なぜなら僕もかつてはそう思っていたから。でも現実はね……」

何か、自分のなかでいちばん美しくて大切なものを諦めないと、経営って、できないのかしら? そんなとき出会ったのが、数年前に出されたという、一冊のリーフレットでした。「株式会社リヴァックス CSR報告書2012」 そこには、社長のみならず従業員や取引先からの率直な言葉、さらには発生した苦情・事故の一覧まで、しかも、よせばいいのに過去3年分も遡って載ったりしていました。
あらまあ、なんて、あけっぴろげなのだろう。ひょっとして、アホなのかしら? でも、調べてみると、会社は成長を続け、上場を目指しているといいます。アホどころではなく、マーケットや社会の非常に厳しい目のなかでしっかりと評価を得つづけているということ。そこにはいったい、何があるのだろう?
そこで、西宮で廃棄物処理業などを営む会社の持株会社である「グッドホールディングス株式会社」の赤澤代表に、お話を伺ってきました。

社会は常に正しい。

湯川:「CSRとかって、パフォーマンスっぽいですよね」
赤澤:「そう? CSRって『Corporate Social Responsibility=企業の社会に対する責任』ってことでしょ? それって会社を立ち上げたときから、当然のことだよね。僕は自分では『五方よし』と言ってるんだけど、CSRという言葉が出てきて、あ、ちょうど良いと思って使い始めたかな」

「五方よし」とは、近江商人の商売倫理として知られる「売り手よし・買い手よし・世間よし」に「手代よし・孫子(まごこ)よし」を加えたもの。従業員もふくめたステークホルダーの幸せ、次世代つまり未来のステークホルダーまで視野に入れた責任を、事業を通じて実現していく……いや、ほら、それってだから、「綺麗事すぎる」って言われるやつですよ。

湯川:「廃棄物処理業という業種であることと、関係あります?」
赤澤:「うーん、どうかな? 自分では昔からこれが当たり前だったからね。いまでも、ゴルフに行くより、NPOと一緒にいろいろするのが好き。社会性みたいことを考えるのが好きだし、単に自分にはこれしかできない、だからやっているだけだと思いますよ」

「CSRのお手本」として環境省をはじめ数々の賞を受けるグッドホールディングス。それでも、入社を決めた学生が、「親が産廃業者なんてダメって言うので」と辞退に来ることもある。きっと様々な理不尽があるのだと想像する。やっぱり、社会に対する不満や怒りとか、あるいは社会をこう変えたい、こうあるべきだ! という熱い思いが……。

赤澤:「あ、ないですね。社会は常に正しい。そして、だから、ここにいる我々も正しくやっていかないといけない。社会からフィードバックをもらいながら、ね」

うーむ。いや、たしかにそうなんですよ。でも、どうして? 赤澤さんに限って、生まれたときからそんなに達観していたということでしょうか? なんだかすこし童顔の赤澤さんが、ニコニコッとしながら、まったく気負うことなく、それでいて、聞いているこちらが思わず唸るような、ものすごく崇高で素敵な言葉を口にするのです。

どうぞ、仰せのままに

創業者である父親が早くに亡くなり、母親が経営を継いだ後、40代前半で事業を承継。「だから正確には、2.5代目」と笑う赤澤さん。当時、主力の公共事業で景気は良かったものの、このままでは会社が続かないことが見えていた。なので経営方針の転換を試みるも、父の代からの従業員は「何に問題があるのか?このままでよい!」「仕事が増えるのは困る」と動かない。なので思い切って、経営のハンドルを、すこし強引に、大きく切ったといいます。

やがて、阪神淡路大震災が起き、事業が大きな打撃を受けたタイミングで、社内に労働組合が立ち上がります。連日続く団体交渉。もちろん、初めての経験。説明をしても、最初からベクトルが異なる相手には理解してもらえない。とにかく、話を聞いてみたといいます。なるほど、言っていることは正しい。でも、やり方や、経営という面では、これは違うという部分もある。わかったのは、会社経営は、自分にしかできないということ。その一点で肚をくくって、とことん付き合ったそうです。

赤澤:「議論が得意ではないので、理解している範囲でうまくいくと思うときと、そもそも理解できないときは、そのひとに任せます。理解ができたり状況が変わって、あ、これは違うな、と思ったら、『僕は違うと思う』と伝える。それだけです」

従業員が「こうすべきだ!」と言ってきたら、「どうぞ、仰せのままに」と委ねてしまう。ただし経営の観点から違うと思うときは、退かずにしっかり伝える。結論を急がず、相手が納得いくまで話をするうち、気がつけば、労使の対立は沈静化し、職場が普通に戻っていったといいます。

こうして再び事業が発展しはじめ、そろそろ大勝負を、と、十数億円で新規プラントを建設した直後に、今度はリーマン・ショックが襲います。従来と同じことをしていても売上が減っていく。まさに手も足も出ないとは、このことか。行くも地獄、退くも地獄……。

赤澤:初めて会社を売ろうとも考えたけど、ここでやめたら、今までの苦労が水の泡だと思って。徹底的に、丁寧に事業を見直した。たとえば日次収支を始めたら、それまでが、いかにどんぶり勘定的だったことがわかった。そうやって細かく見ていったら、事業構造自体が間違っていたことが見えてきた。ああ、いままでは単に、運が良かったんだ、って。

その結果、ホールディングスになり、事業が順調に成長することに。振り返ると、あのときリーマン・ショックがあってよかったかも……って、いやいや! ウソでしょう!?

ビジョンという小石を投げる

赤澤:自分に解決できない問題は起こらないと思っているんです。だから、問題が起こった時には、あ、これは僕に任されたんだな、と思って、誠実に取り組む。それが、自分でハンドルする部分ですね。その他のことは、「まあ、仕方ないよね」と。
湯川:でも、問題に誠実に対応しても、すぐに結果が出るわけではないですよね。それでも、社会や、自分の努力を、信じられるものですか?
赤澤:いままでいっぱい会社を見てきてわかるんだけど、間違っていることをすると、やっぱりダメなんだよね。本当に、当たり前のことなんだけど、やっちゃいけないことをやっていると、一瞬良さそうに見えても、一気に散っていく。

「当たり前のこと」とはつまり、レジで受け取ったお金が多すぎたらちゃんと返す、という程度のことといいます。赤澤さんは、「なんでかお金をよく拾う」のだけど、拾ったら、同じ金額をつけて寄付をするようにしているそう。
社会の「正しさ」を圧倒的に信頼している。だから、お金や言葉や労力を、そこに置きにいく。それが必ず報われるから、ではない。自分が間違っていたり、タイミングが合わなかったら、いますぐには報われない。その「仕方なさ」こそを、「正しさ」として信頼しているから。お話をしていて、私には、そう感じられました。

湯川:で、経営って、何でしょうか?
赤澤:何でしょうね? 僕が教えてほしいくらい(笑) ……「俺、経営者向いてないな、下手糞やな」と思いますよ。きっと、うまくできないから、ぜんぶオープンにして、みんなからフィードバックを得られるようにしてるんでしょうね」

まさかの「俺は経営が下手」という自覚からの、「社会に対応しながらの経営(CSR経営)」という選択!? それなら、経営が下手な自覚がある私も、できるかも。

赤澤:そう思いますよ。湯川さん、さっき鞄の中の書類、ぜんぜん整理できてなかったじゃないですか。すぐに「あ、このひと、俺と同じタイプだな」って(笑)
湯川:わ!
赤澤:いいんですよ。とっ散らかすひとがいて、まとめるのが得意なひとがいる。だから、組織でやるんでしょう?

そうだった、そうだった。なんだか、元気が出てきたぞ。

湯川:あの、……経営って、楽しいですか?
赤澤:うーん、そうね、楽ではないけどね。楽しようとした瞬間に、すべてが終わっちゃうから。たとえば、複雑系って、あるでしょう? 「北京で蝶が羽ばたくと、ニューヨークで嵐が起こる」って。あんなかんじで、自分の夢やビジョンという小石を、世の中に投げ続けている。それが拡がっていったら、面白いよね、と。

まっとうな事業をするための経営論

対談中には、「天網恢恢疎にして漏らさず」という言葉も出てきました。赤澤さんは、みんなでつくっている社会とその正しさを信じ抜き、企業として正しい取り組みをすることを信じ抜き、それが間違っていないかどうかすべてオープンにすることで社会からフィードバックを得ながら経営しているように思われました。

いまならCSV(共有価値の創造)、ちょっと前ならCSR(企業の社会的責任)、松下幸之助なら「企業は社会の公器である」、近江商人なら「三方よし」、……いろんなかたちで繰り返し語られてきたことはすべて、「まっとうな事業をするための経営論」なのかなと感じました。

それを綺麗事じゃなくて、「なんとなくCSRっぽいのやっといて」骨抜きにしてしまうのでもなくて、愚直なまでにしっかりやることで、事業としても結果を出し続けている。そんなロールモデルがいてくれること、そのひとが「経営が下手」と自覚していることは、なんだかとても大きな勇気が出ることでした。

今度、「綺麗事で食っていけるほど、世の中ってそんなに甘くないから」と言われたら、「いや! 綺麗事を貫いて会社を成長させている経営者もいますよ」と言おう。もちろん、私自身の経験として語れるようにもなろう。まっすぐに、社会を信じて、自分を信じて、正しいと思うこと、楽しくやってみよう。綺麗事を言わずに食っていけるほど、世の中って、そんな甘くないことをこそ、信じていようと思う。

編集部

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神戸でなりわうプロジェクトの編集部が作成した記事です。
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