2023.10.05

なりわいを考えるシリーズ

心地いい、おせっかい。

心地いい、おせっかい。

文・写真:清水未生

以前入院した時に、病院で走り回っている看護師さんをみて「かっこいいけど、自分には就けない職だ」と思った。看護師さんは、どのようなきっかけでなる職業なのか。憧れからなのか。そんな話を聞いてみたいと考えていた時に、病院外で地域医療を支える“コミュニティーナース”という言葉をある方から教えてもらった。「コミュニティーナースって実際にはどんな働き方なんだろうか」そんな疑問を抱えながら、杭瀬・中市場にある好吃食堂の女将としても、コミュニティーナースとしても活動されている福田祥子さんを訪ねることにした。

杭瀬・中市場の食堂

阪神電車杭瀬駅から徒歩10分ほどの距離に「中市場」がある。
「これ新鮮やで~」と声が飛び交う一角に血圧計がみえたら、そこが好吃食堂。周りのお店とは一線を画す、木の暖かさを感じる食堂。「今日は珍しく麺を選んだなぁ」と、嬉しそうに話す常連さんの隣で、福田さんの話を聞かせてもらうことにした。

医療に従事する、とは。

好吃食堂の女将になる前は、フルタイムで病院勤務の看護師だった福田さん。
今も週に幾度かクリニックでの看護師を続けている。

「看護師になったきっかけはあこがれからなのか」と問うと、「あこがれは全くないけど、当時母が准看護師で、思春期に言い争いになり『私は正看護師に合格したるわ!』という衝動的な一言で進路を決めた」。という答え。幼少期の自身の入院経験から、病院という環境が身近にあり、おのずと仕事として意識していたそう。

看護学校を卒業後、病院勤務の看護師に。「病院では時間に追われてる」と一言。看護師は患者さんに一番近い存在だと学校で習ったけれど、日々が忙しすぎて業務優先になり、患者さんとゆっくりと向き合う時間がなかった。

患者としても、看護師としても、両方の気持ちを知っている福田さんだからこそ感じる医療へのモヤモヤが、今の福田さんの原動力になっているではないかと思った。

あの手この手で、社会実験中

杭瀬には、結婚をきっかけに移り住むことに。病院勤務を続けていたけれど、知り合う人は医療関係の人ばかり。子どもが生まれると、より社会的孤立を感じた。テレビを見るか、家族としか話さなかった。通りがかったお寺で同級生が寄席のイベントに出ていたことをきっかけに、お寺での清掃などのボランティアをすることに。杭瀬の知り合いが増え、現食堂のオーナーとも知り合った。

「同じような境遇をもつ、社会的孤立を感じている人が集える居場所をつくりたい。コミュニティーナースの考え方を踏まえながら、自分の身近な人の役に立ちたいと思って」。福田さんも、まさか食堂の女将をするとは思ってもみなかったそう。

おせっかいを極める土壌

食堂での何気ない日常会話にも、医療従事者からの視点が含まれている。

その人の健康に対する意識を聞き、その人ができそうだと思えることを話したり、自分の体と自然に向き合ってもらえるようにする。

今よりも少し健康になる日常を送ってほしいと思う福田さんの気持ちが、食堂の小さな窓から見える景色、栄養素が考えられたランチ、お客さんとの会話から伝わってくる。

そんな福田さんと常連さんに、質問をしてみた。

ーーー杭瀬ってどんな街ですか?

常連さん)みんな、顔見知り。

福田さん)そうそう。それと、めちゃくちゃおせっかい。お客さんにビールサーバーが置ける台が欲しいんですよね~って言ってたら、ちょうどランチしにきてたお客さんが、その場でサイズ測って、ものの数時間で無料のビールサーバー台が出来上がってきた、とか。材木屋さんは2日に1回、虫除けの木を窓の縁に置いていってくれたり。アニメのような世界のおせっかいがある。それが杭瀬の日常。

ーーーコミュニティナースや看護師さんって、この商店街ではどんな存在でしょうか。

常連さん)最初は看護師って知らなかった。通りすがりに色んな話ができて、冷蔵庫の中とか市場で買ったものを言うと、体にいいレシピを教えてくれるし。いつも居心地いい。

福田さん)最初は、医療でまちづくりを変えるぞって意気込んでいたけれど、健康のおせっかいをしすぎて、この町の人たちは医療でまちづくりをしてほしいって思っていないことに気づいた。それよりも商店街のシャッターを開けて欲しい、地域のお金が潤う方に重きをおいている。だから、今いる人たちと、自分ができることからやったらいいんやな。と。

常連さん)ちょっと、散歩してくるわ。(荷物をすべて置いて食堂を去る)

ーーー常連さんと素敵な関係ですね。

福田さん)ああやって、みんないつも荷物置いてどっかに行く。(笑)杭瀬の人たちは家族みたいな存在やし、今よりちょっと元気になってもらえればと思ってて。たぶん、それがコミュニティナースや看護師としてできる、私なりのおせっかいだと思う。

ーーーコミュニティナースとして今後どんな活動を?

福田さん)コミュニティーナースは、医療の捉え方として参考にしている感じ。新しい取り組みとして地域の同じ考えをもつ複数人の看護師さんとチームをつくってるところ。杭瀬のイベントに出店し、健康相談を有料で実施してみたり、歯医者さんとコラボして出店をしたり、コミュニティーナースという考え方も踏襲しつつ、地域医療の可能性を探ってる。

福田さんと常連さんに、たくさんお話しを聞かせていただいた取材の終わりに、中市場を一緒に歩き、いくつかお店を紹介してもらった。
お豆腐屋さんで、がんもどきを買ったら、それよりも大きい厚揚げをオマケしてもらう。「いつも、そう。何買ったか忘れるくらい、オマケが袋いっぱいに入ってる」。と笑う福田さん。

おせっかいが心地いいものだとは、今まで気づいていなかった。どちらかというとネガティブな印象があったおせっかい。
身近な人のことを考え、その人が今よりも健康でいられるようにサポートをする。

中市場で人との境界線がないように、医療の境界線も福田さんにはないのかもしれない。

家族との日常が思い浮かぶ。
家に帰ったら、塩分控えめにがんもどきと厚揚げを炊くところから健康を気遣ってみることにした。

好吃食堂(ハオチーショクドウ)

所在地:〒660-0814 兵庫県尼崎市杭瀬本町1-19-5
Instagram: https://www.instagram.com/haochi_diner/

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