2020.07.27

なりわう人に訊く

熱い想いでいようよッ! ~ムレスナティーハウスジャパン ディヴィッド.川村さん~

熱い想いでいようよッ! ~ムレスナティーハウスジャパン ディヴィッド.川村さん~

↑パッケージ側面に必ずと言っていいほど書かれているポエム

文:小倉なおこ 写真:やすかわのりこ

なんだ!?このメッセージは

出産を機に専業主婦になって10年が経つ。

新卒で入社してから会社を辞めるまでの期間は、思えばたったの5年間。でも、その5年はとにかく楽しい日々だった。気がつけば1ヶ月休んでない時期もあったり、日付けが変わるまで会社で過ごす日々が続いたり。世間からはブラック企業と言われるであろうそんな状況でも、私自身は全く気にすることなく、やりがいを感じて過ごしていた。

しかし出産を機に会社を辞め、数日が経過したころ。それは幻想だった事に気づくことになる。専業主婦になった私は、何者でもない自分をこれでもかという程に思い知った。これまでは「学校」とか「会社」とか、何かに所属して生きてきた。それらが全くなくなりどこにも所属しない自分になった時、とてつもない不安に襲われることになったのだ。孤独感というのか、無力感というのか。なんだろう、この言葉で言い表せない気持ちは。

しかしそんな気持ちも、子どもが生まれ慌ただしく過ごす日々のなかで、いつしかすっかり薄れていった。

昨年の4月。末っ子の三男が幼稚園に入園することになった。少し時間に余裕ができた私のなかに「もう一度はたらきたい!」という思いが、ふつふつと湧いてきた。でも、いやちょっと待て。独身時代、当時の私としては全力で働いていたつもりだったけれど、結局辞めた時には何も残らなかった。5年分の知識や経験と言われるものは残ったのだろうけど、でも私はとてつもない不安な気持ちに襲われた。それなら一体私は「はたらくこと」に何を求めているのだろうか。

そんな事を悶々と考えているときに出会ったのがこの「神戸なりわいプレジェクト」。なりわいは、漢字で「生業」と書くらしい。生きる、業。ただお金の為に働くのではなく、「生きる」と「商い」が繋がっているイメージだなぁ。と、そこでふと思い出したのが「ムレスナティー」という紅茶のことだった。

あれは3年前、三男を出産したばかりの10月のこと。

長男の運動会間近という事もあり、私は三男を里帰りせずに出産することになった。遠方の母はなかなか来られなかったため、ヘルパーさんに家事を手伝ってもらい、ファミリーサポートさん(以下、ファミサポさん)に長男と次男の送迎をお願いして、なんとか産褥期といわれる産後1カ月をやりくりしていた。

そんなある日、ファミサポさんが帰りがけにキレイにラッピングされた紙袋を渡してくれた。

「えっ!そんなそんな。何ですか!?」

遠慮がちに袋を開けてみると、

「HAPPY BIRTHDAYの紅茶」と全面に書かれたムレスナティーが入っていた。

そうだ。わたし誕生日だった。

まだ幼稚園児の長男と、イヤイヤ期まっさかりの次男、そして生まれたばかりの三男のお世話に追われ、自分の誕生日なんてどうでもいいと思っていた。しかし、どうやら長男が送迎の車の中でファミサポさんに「もうすぐママの誕生日なんだ」と話していたらしい。そして、それを聞いてこの紅茶をプレゼントしてくれたファミサポさん。二人の気持ちがこのパッケージを通して伝わってくるようで、私の心にどかんと響いた。

それまでもムレスナティーの箱は見た事があった。紅茶といえば、こじゃれた上品なイメージを持っていたが、ムレスナティーのパッケージは全面カラフルな写真が印刷され、でかでかとメッセージが書かれている。例えば本記事の題名にも起用した「熱い想いでいようよッ!の美味しい紅茶」。トップ画像の周りに書いた文章は、パッケージ側面に必ずと言っていいほど書かれているポエムだ。日本人には、こっぱずかしくて直接口にはできないような言葉たち。でもこれは、もしかしたら伝わる時にどかんと伝わるメッセージなのかも? この紅茶から何かを感じた私は、パッケージにも登場する「ムレスナさん」に話を伺うことにした。

~鍋いっぱいの茶葉でつくる~ ミルクティー1杯の破壊力

大通りから一本細い路地に入った閑静な住宅街に佇む「ムレスナティーハウス西宮本店」。

一歩お店に足を踏み入れると、(私の中で)話題のあのカラフルな紅茶たちがずらりと並んでいる。

カメラマンやすかわとお店に到着したのは、取材がはじまる1時間ほど前だった。とりあえず、このお店をしばらく味わってみることに。

席に座るとまず、水出しアールグレイのウェルカムティーがやってきた。ここでのお冷やは「水」ではなく紅茶らしい。冷えすぎていないアールグレイが、スルスルと喉を通っていく。甘党の私が注文したのは、コンチネンタルロイヤルミルクティー。しばらくすると、なにやら茶葉がいっぱい入った鍋と共にロイヤルミルクティーが運ばれてきた。

「えっ!まさかこの鍋いっぱいの茶葉で、このロイヤルミルクティー作ったんですか⁈」

「はい!そうですよ。」

しばし言葉を失ったところで、ひとくちミルクティーを口にしてみる。

「うわぁ〜。」

自然と頬がゆるんでいく。

見た目通りの濃厚さとコクがあるのに、後味はフワッと抜けていくような。なんだこれは!?

そして、ふと顔をあげるとカメラマンやすかわの注文した「ブルービードロ」の紅茶の香りが。

「なんかもう、この香り。頭からかぶりたいくらい!」

と言いながら、やすかわが紅茶をあおいでいる。

確かに。紅茶の香りというより、むしろアロマを炊いたかのような心地のよい香りが漂ってくる。

注文した紅茶を飲み終えた頃、今度は「ヨーグルトとレモンの紅茶」が運ばれてきた。ここでは注文した紅茶を飲み終えた後も、お客さんの様子を見ながらチョイスされたフレーバーティーが次々と運ばれてくるのだそう。このヨーグルトとレモンの紅茶、不思議な組合せのように思うが、レモンティーのちょっととんがった味をヨーグルトが見事にマイルドにしてくれている。

そうして3杯目の紅茶を頂いていた頃、周りのお客さんと何やら楽し気に話すダンディな男性が現れた。

ムレスナティージャパン代表取締役ディヴィッド.川村さん。

スリランカの最高級紅茶ブランド「MLESNA」。その日本唯一のインポーター(輸入業者)をつとめるのがムレスナティージャパン。シングルフレーバーとしてそのまま楽しむ本国の紅茶を、ムレスナティージャパンでは独自のオリジナルブレンドを開発して販売。オリジナルブレンドの開発からパッケージ企画まで全てを自身で担当し、パッケージにも「ムレスナさん」として登場している。商品数は軽く200を越え、現在も増加中。「ディヴィッド」の名前は、スリランカで仕事をするのに呼びやすいようにつけた英語名で、生粋の日本人。

‟本物”と思えるものに出会った瞬間

インポーターでありながら、日本独自のムレスナティーを製造販売し、また西宮・甲子園口にティーハウスの実店舗も構えているディヴィッドさん。ムレスナティージャパンの今年度の売上げはMLESNA社の中で世界一になる勢いだという。さぞかしこれまで順風満帆にこられたのかと思いきや、意外にもここまでの道のりは険しいものだった。

私、どうしても入りたかった大学があって、実は4浪しているんです。4年たって自分の周りがどんどん大企業に就職していくなかで「こんな事やってたらみんなより4年遅れてしまう!」と思って大学に行くのを辞めました。その時好きだったのが、ヨーロッパのティーカップだったんですよ。その当時、輸入といってもインターネットはもちろんFAXもなかった。だから「この食器のこの銘柄を送ってほしい」と書いて、手紙を送ることにしました。会ったこともないロンドンの会社に手紙を送り、手紙だけのやり取りで輸入事業をはじめました

———どうしてティーカップだったんですか? 

輸入物が好きだったんですよ。

小さいころから輸入物のお店に行って、クラッカーとかドロップとかチョコレートとか。お年玉もらったらそればかり買っていましたね。

その頃は、ヨーロッパの輸入食器を日本でもようやく取り扱い始めた時代。個人でそれを売ろうと思っても、売り先は全くない。何のコネクションもないため、輸入物扱っているお店や置いてくれそうなお店に飛び込み営業を続けていた。

あるとき彼は、京都の百万遍に小さい小物屋さんを見つける。そしてお店の女性オーナーと話すなかで「私ね、輸入してもらいたいものがあるの」という話になった。「これを300個くらい欲しいから輸入してくれへん?」パッと見ると、それは50gのムレスナティーだった。

自分の足で渡り歩いたなかで出会ったムレスナティー。「こんなん簡単ですやん」と言い、早速輸入業務にとりかかる。FAXやインターネットなど何もない時代だからこそなのか、手紙を書いたら4~5日でサンプルがドカンと届いた。

その中に、木箱に入ったマンゴーの紅茶が入っていて。それが美味しくて「はぁ~。これは美味しいね~」と思ったの。直観のようなものなんだけどね、これは本物だと思ったんです。僕はカップをずっと売っていたんだけど、カップになにが入るかはイメージできていなかった。でも中に入るものが目の前にやってきたわけなんですよね。

現在世界57か国以上の国々へ紅茶を提供しているスリランカのMLESNA社は、一国一業者制度をとっている。ムレスナティーに何かを感じたディヴィッドさんは、日本のインポーターとなるべくさっそくスリランカへと渡り、なんとか契約へとこぎつけた。しかし当時の日本において、嗜好品である紅茶を売るのは想像以上に難しく、山積みになった紅茶と借金ばかりが膨らむ日々。その後20年は苦しい状況が続いた。

お金がないから、二足の草鞋をはくしかなかくて。大道具や芝居の舞台監督、ミュージカルなど劇場関係の仕事をずっと掛け持ちしていました。でもある時、このままいったらいつまでも紅茶の仕事が中途半端になると思って。二度とステージの仕事はしないと決めたんです。決めたところで、もう劇場には行かなくなりましたね。

二足の草鞋を履いてはいけないと思った。そこに来るまでは、どうしても必要だったのだけれど。しかし、そうやって決断したところから、だんだんと会社の状態も良くなっていくことになる。

想いを実現するためにどう動く?

と、ここでディヴィッドさんの計らいで「究極のパンケーキ」が運ばれてくる。

「究極のパンケーキ」は銅板で焼いているパンケーキ。一番美味しいと思える作り方を発見するまで、店の奥で試作を重ね、完成するまでに半年以上を費やしたのだそう。小麦は選びぬいた北海道産。隣にそえるアイスクリームも、乳化剤と増粘剤を使わず寒天のみで作ったナチュラルなアイスクリームだ。

物事は探求、研究しないといけない。それによって得るものがあるんです。得るものがあったとき、ようやくそれで商いができるようになるんです。

———そういえば先ほど、ロイヤルミルクティーを飲んだんですけど、あの茶葉の量もすごいですね!どんな味がするんだろうと、思わず茶葉も食べてみちゃいました。

あれ、衣をつけてフライにすると、シャリシャリになってもっと美味しく食べられるんですよ。

———茶葉なのに緑がかったものも入っていて、一つ一つが葉っぱの形をしているのにも驚いたのですが。

、若葉を使っているからなんです。時間が経つとトゲが立つという考え方が分かりやすいかな。一般的に売られている紅茶は、古いものと新しいものを混ぜて作っています。マリアージュフレールという伝統的な作り方なのですが、実は日本の軟水には合わないんです。ヨーロッパは硬水だから、それで美味しく飲める。でも軟水の日本にそのまま持ってきても美味しいわけがないんです。香りが出ないから。

確かに。目の前に運ばれてきたときの香りが明らかに違う。カメラマンやすかわが‟頭からこの香りをかぶりたい”と言ったように。と、そんな話をしながらおいしくパンケーキを頂いていると、予定していた取材時間があっという間に過ぎていた。

すいません。もう私、梅田のお店に行かないといけなくて。

しまった。まだまだ聞きたいことが山ほどあったのに。

車の中で良かったらもう少し話できるので、一緒に行きませんか?

「是非お願いします!」 私はすぐさま答えた。

———これから‟なりわおう”としている若い人たちへ伝えたい事はありますか?

人を本当の意味でハッピーにすることが先だよね。人をハッピーにすることを考えたら、自分がハッピーになるもんなんだよ。みんながやっている事だからやれば良いではない。赤信号もみんなで渡れば怖くないっておかしいと思わない?だって行先は赤だよ?

僕は今、自分のやっている事に気持ちが満たされているんです。紅茶で人をハッピーにしたい。リラックスして、デトックスして、笑ってしまうくらい美味しいっていう。そういう場をつくっていくのが、僕の死ぬまでの仕事かなと思っているんです。そしてそういった僕の姿を、若い人たちにも見てもらえたらと思っています。

現在、ムレスナティーを扱うお店やレストランは全国に増えている。しかしディヴィッドさんが運営しているのは「西宮本店」の1店舗のみなのだという。フランチャイズも一切していない。「パートナーカンパニー」と呼ばれる仲間たちに経営権を渡し、各店がそれぞれ違った展開をしているのだ。「そこが大事だと思うんです。新しい発想で新たなムレスナティーの魅力を発信して欲しいから。」と言う。そんなパートナーカンパニーの仲間たちは、西宮のお店に来て、ムレスナティーに惚れ込んだ方がほとんどなのだそう。「いつかパートナーカンパニーの中から自分を越える人が出て欲しいと思っているよ。簡単なことじゃないけどね。」ディヴィッドさんが、ニヤリといたずらっ子のような笑みを見せながら言った。

そして車は梅田に到着。車を降りた私たちに今度は「この後はスタッフもいるけど、一緒にきても大丈夫ですよ。」と梅田にあるパートナーカンパニー店舗への同行もお誘いしてくれる。私はまた「お願いします!」と言いそうになったが、幼稚園のお迎えタイムリミットという現実に引き戻された。さては、こうやって周りの人をどんどん巻き込んでいくのか?お迎えの時間がなかったら、このまま1日密着取材するところだった。

ひたすらに考えつづけ、ひたすらに行動しつづける

取材から帰った日の夜、私は布団にくるまりながら、今日の事を思い返していた。

ディヴィッドさんは「60歳を過ぎて最近は身体が冷えるようになったし、腰が痛むようになって。歳取ったなぁ。」と言っていたが、とても60歳になる人には見えなかった。彼はここにくるまでに、とてつもない苦労をしてきた。普通の人間なら途中で諦めてしまう程の苦労を。でもなぜか、苦しさを乗り越えたような雰囲気がないのだ。今が安泰だからという意味ではなく、軽い雰囲気という事でもなく。苦しい状況を本人が‟苦しい”と捉えていないような、そんな感じがする。

取材の中で彼はこんな事を言っていた。

「物事は探求、研究しないといけない。それによって得るものがあるんです。得るものがあったときに、ようやくそれで商いができるようになるんです。」

私は今日のたった数時間でさえ、彼の‟物事に一切の妥協は許さない厳しい姿勢”をひしひしと感じた。無農薬かつフレッシュな若葉にこだわる。だから味にえぐみがない。果汁から抽出されたフレーバーにこだわる。ケミカルな味がしないから、ハーブの香りをかいだ時のような安らぎを感じる。フレーバーティーの掛け合わせも「あっと驚かせたい」「ハッピーになってもらいたい」という気持ちで、考えに考え抜いているのだろう。そして今日確かに、私はロイヤルミルクティーにあっと驚かされたのだ。

あっと驚かされた私。西宮本店に来て増えていったパートナーカンパニーの仲間。そしてMLESNA社の中で世界一となったムレスナティージャパン。その結果はどこからやってきたのか。

ムレスナティーを本物だと思って、手紙を書いて自分で輸入をはじめた。売る場所も自分の足で探しつづけた。紅茶を飲んでハッピーになってもらいたくて、200種類を超えるフレーバーティーも考え出した。在庫が山積みになって、借金ばかりが膨れ上がる厳しい状況でも、彼は諦めずにしぶとく行動しつづけた。

ふと「ねぇ、これ美味しいでしょ」「これ面白いでしょ」とディヴィッドさんから語りかけられているような、そんなイメージが浮かんできた。彼はどんな状況であろうとも、紅茶を通して語りかけ、お店で語りかけ、パッケージを通して語りかけつづけてきた。そうやってひたすらに自分の想いを信じて語りつづけることで、ファンを増やしてきた。パートナーカンパニーの仲間を増やしてきたのではないだろうか。

あぁ、なんだろう。私に足りなかった、何か大事なものを教えてもらったような気がする。

 

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