2022.02.13

なりわいを考えるシリーズ

それは必然か、偶然か。彩り豊かな「イッテンもの」に囲まれて。 ―兵庫・西脇市のtamaki niimeを訪問―

それは必然か、偶然か。彩り豊かな「イッテンもの」に囲まれて。 ―兵庫・西脇市のtamaki niimeを訪問―

文:山本しのぶ 写真:川本まい

「この地に導かれたのかもしれない」の地、西脇へ。

200年の伝統をもつ播州織に革新をもたらしたブランドtamaki niimeのデザイナー、玉木新雌さん。以前、玉木さんのインタビュー(伝統を繋ぎ、新風を吹き込む「世界でたった一つのモノ」:兵庫テロワール旅特設サイト)を読んでからずっと気になっている言葉があった。

「播州織の神とこの地に導かれたのかもしれない」

大阪でブランドを立ち上げた玉木さんが、播州織と出会ったことでブランドの核となる柔らかく彩り豊かな「ショール」に行き着いたことを語ったなかにある言葉だ。

「この地」=西脇市は、経度緯度がちょうど日本の真ん中に当たることから「日本のへそ」とも呼ばれる。江戸時代、西脇の宮大工が京都から西陣織の技術を持ち帰り、織る前に糸を染色する「先染め」を特徴とする播州織が発展した。加古川と杉原川、野間川という3つの川が合流し、染色に必要な水が豊富に得られたこと、古くから綿花の栽培が行われていたことが発展の理由とされている。現在でも、製糸から織布、縫製までを一つの産地でまかなうことができる土地である。

玉木さんが導かれたという西脇という地、いつか行くことができれば……。そう思っているうちに、tamaki niimeの社員さんたちが弊社が主催する丹波篠山市でのイベントに参加くださった縁で「よかったら、来てみませんか?」とお声かけいただき、「社員(風)遠足」と銘打って伺うことになった。

加古川と並走するように播州平野を北上するJR加古川線に乗って到着したのは、tamaki niime Shop &Labと呼ばれる、店舗と工房が一つの建物にある、tamaki niimeの本拠地。元染色工場をリノベーションしたものだそうだ。お店の奥に自由に見学できるLabがあり、がちゃんがちゃんという織機の音が響いている。建物のすぐ脇を、川が流れている。まるで必然のように。土地の歴史とともにここにいるのだという意志を感じた。

年代ものの力織機から最新鋭の編み機、そして動物たち。

「これが玉木が最初に購入した織機です」

と、見せていただいたのは年代ものの力織機。製造されたのは1960年代。「手織りと同じくらい、ゆっくり織り上げることができる織機なんです」と教えていただく。いまでは生産されておらず、壊れて新たな部品が必要になった場合は金型から作ってもらうか、同じ織機を探して部品を取り替えるという。動き始めのタイミングを取るのが難しく、動かすことのできるスタッフもごく少数だという。それでも、この織機を使うからこそできる柔らかさや風合いがあるから、使っている。

「生産性は低いんですけどね」

と、スタッフさん。「生産性」という言葉に、「あっ、そうだよな、企業だもんな」と当たり前のことに思い至る。ただ古き良き時代を回顧しているのではなく、あくまで自分たちのものづくりに必要な道具として大切に使っている。数々の織機も、いわゆる「工場」と言われて想像するような、すべての織機が動いている状態ではなかった。「これはメンテナンス中です」と言われる織機もあれば、織る途中でその時は動かしていない織機もある。働くひとのペースと機械のペース、そして商売としてやっていくことの折り合いがあるように感じた。

ちなみに、tamaki niimeで作られるものは、「商品」ではなく「作品」と呼ばれる。出来上がったすべての「作品」は、一つ一つすべてが異なり、写真で記録されていく。「イッテンもの」の作品を作り、それを売る。そうやってなりわっていくのだという意志を「作品」という言葉と「生産性」という言葉のあいだに感じた。

糸は糸屋さんから買うが、自分たちでも染めている。棚にずらっと置かれた糸の色数は数えきれないほど。古いものから最新鋭のものまで、数種類の織機・編機、西脇で開発された糸を結ぶ機械、糸の撚りをかける機械。すべて、「自分たちがものづくりをたのしみたいから」だと聞いた。自分たちが作りたい布を作り、作りたい服や小物を作る。最近では綿花の栽培も始めたという。川向こうの綿花畑は、ちょうど収穫の時期を迎えていた。綿花は種取りし、また来年その種を蒔く。種を取る作業を行うスタッフさんの近くを、当たり前のように羊や山羊、烏骨鶏が歩いている。

「日本は綿をほぼ輸入に頼っている。いつか自分たちですべてまかなうことができるように、というのもありますが、自分たちが扱っているものがどうやってできているかを知りたいというのもあります」

そうスタッフさんは語る。織機についてお話を聞いているときに、播州織の技術の継承といったニュアンスの言葉もあった。守っていかないと失われてしまう。でも、そういう後ろ向きの理由だけじゃない。「tamaki niimeは『アパレルブランド』ではなく『ネイチャーブランド』なんです」という言葉ともつながるような気がした。ただ、「服を作る」だけではない、自分たちの原点への意志。そして、とことんまで考え抜かれたデザインと、播州織の技術の粋を集めて作られていることから生まれる「もの」としての質の高さ。そのためには農業もするし、そこには動物もいる。イベントを開き、食も教育も身体も死も語り合う。だって、すべて必然なのだから、と言われているような気がした。

自分の「好き」を毎日選ぶ、スタッフ食堂にて。

お言葉に甘えて、スタッフ食堂で昼食をいただいた。自分で食器を手に取り、用意していただいたメニューを順に盛りつけていくのだが、さて、と進もうとして足が止まる。お皿も、茶碗もお椀も、箸も、コップでさえも、すべて一つ一つ違うのだ。

「毎日、自分の『好き』を選んでほしいからなんです」

席についてから理由を尋ねると、そう答えが返ってきた。自分は果たしてちゃんと「選んだ」のか、問われているような気がしてドキッとする。おそらくそんなつもりでおっしゃったのではないかもしれないけど。続けて尋ねる。「なぜ、一点ものを作るのですか」と。最新鋭の編機は、大手アパレルメーカーでも使われており、同じ形のセーターやカーディガンを続けて編み続けることができる。でも、ここでは、そんな機械を使っていても、一着ごとに機械を止め、糸の配色を変えている。もちろん、「生産性」は落ちる。

「それは、ひとは一人一人違うから。個性豊かなたくさんの作品たちのなかに、そのひとに似合うものがきっとあると考えてるんです」

と、これまた当たり前のことのように答えが返ってきた。「似合うものを選ぶたのしさを感じてほしい」という言葉が続き、私は、私に似合うものをちゃんと「選べる」ことができるのだろうかと、またしても、そんな疑問が浮かぶ。そういえば、tamaki niimeのブランドコンセプトは「まいにち ぜんぶ たのしむ」だ。自らが身につけるもの、食べるもの、そういった日々のことに私はどこまで自覚的でいるのだろうか。

Shopにて色とりどりの布に囲まれ、ふと、編機に引っかけられていた糸の配色表を思い出す。そこには、赤、青、黄色、ピンク、といった色の名前が並んでおり、そのなかの一つが「けっこうピンク」だったのだ。「けっこうピンク」って! ここまで見てきたこだわりとはまるで違うような、ざっくりとした言葉。よく考えれば、他の色の指定も、ここまで多様な色を指し示すにはかなり曖昧だ。色番号で管理してるのではないのだ、そもそも、この多様な色たちは管理されていないのだ。糸を選ぶひとが、そのひとにとっての「赤」「青」「ピンク」「けっこうピンク」を編機にかける。糸の撚りまでこだわった緻密なものづくりのなかで、偶然性が「イッテンもの」を生み出している。そこに、どこか余裕のようなものを感じた。

もしかしたら、ふと手に取った一枚の皿、ふと目を引いた一枚のショール。それを選ぶことが、今日の私の「好き」なのかもしれない。それくらいの偶然性に任せてもいいのかもしれない。そんなふうに思い直す。そして、その偶然性をたのしみたいな、と。Shopに並ぶたくさんのショールや服、小物に囲まれて、そう背中を押されたような気持ちになった。

すっかり長居をしてしまった帰りがけ、一人のスタッフさんがここで飼っている1匹の犬を散歩させようとしていた。犬と狼のあいのこらしく、長い足が目を引く。その犬が、わたしたちを見てじっと固まり、まったく進まなくなってしまった。手綱を引いていたスタッフさんは、それを追い立てるでもなく、引っ張るでもなく、ただじっとそこにたたずんでいる。「人見知りなんです。こうなっちゃうと動かないんですよ」と、言いながら。当番でも、担当でもなさそう。でも、焦る様子もなく、待っている。余裕といっていいのか、余白といっていいのか。日々のなかに起こるそんなあそびも含めて、tamaki niimeというブランドがあるのかもしれないと感じながら、この地をあとにした。

tamaki niime Shop & Lab 西脇本店

〒677-0037 兵庫県西脇市比延町550-1
電話:0795-38-8113
オフィシャルサイト: https://www.niime.jp/

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