2018.05.16

なりわいを考えるシリーズ

兵庫県立美術館館長 蓑豊さん「自分も努力したけれど、それ以上に人に尽くしたいわけですよ」

兵庫県立美術館館長 蓑豊さん「自分も努力したけれど、それ以上に人に尽くしたいわけですよ」

文:野崎安澄 写真:熊井香織

兵庫県立美術館の館長であり、金沢21世紀美術館の起ち上げにも館長として関わられた蓑豊さん。美術館と地域がつながり『なりわう』ことの重要性とご自身が大切にされている想いを伺ってきました。

お金は二の次、あとで困ればいい

ー神戸にいらっしゃったきっかけを教えていただけますかー

「安藤忠雄さん(*1)と知事に呼ばれたんです。県民が美術館に来てくれるようにしてほしい、とお願いされました。

震災後、みんなが困ったときに文化、特に音楽と芸術で元気づけようというのが県の方針だったので。美術館は僕が担当ですが、音楽の分野は佐渡裕さん(*2)が担当してくださっている。これは県にとっての財産だと思いますよ。」

ー館長になられてから8年目を迎えられ、手ごたえはいかがですか?

「去年は『怖い絵展』『エルミタージュ展』が大盛況で、やっと来館者数が90万超えました。100万人が僕の目標だから、次はそこを目指しています。

努力すれば人は来てくれるんですよ。美術館側は「来ないのが悪い」と思っていたから。

でも、宣伝しなければ人は来ない」

ー今日お伺いしてみて、美術館に中学生がたくさんいてビックリしましたー

「いっぱいいるでしょ?僕は、子供たちが感動する展覧会をやりたいわけ。今までは美術館は美術品を守る場であり、学芸員の研究発表する場になっていたから。年に1回、そういった場があるのはよいと思う。

でも、惹きつける魅力がないと、美術館に人は来ない。だから魅力的な展示会を開催するチャンスがあれば、僕は必ず取るようにしているんですよね。

お金は二の次、あとで困ればよい」

トトロのネコバス。行先が「こうべ」になっている
トトロのネコバス。行先が「こうべ」になっている

「今は『ジブリの大博覧会』が来ていてすごい人気ですよ。家族で来れば楽しいから。大人たちもちょうどジブリと共に育った世代だからね。

実はこういった人気の展覧会をとるのは、実はすごく難しい。

『ジブリの大博覧会』では写真を撮ってもよいコーナーを設けてるんですよ。大きいネコバスが来ていて、中に入って写真が撮れるようにしている。

ネコバスが来る夜のシーンにしてるんだよ。みんな並んで写真を撮ってる。それをインスタグラムに投稿してもらうんですよ」

ー人気の展覧会をとるコツはありますか?ー

「とにかく情報が大切なんですよ。いい展覧会を必ず探す。条件はみんな一緒だからね。いかにとってくるか、これが腕の見せ所なんですよ」

(*1)安藤忠雄 日本を代表する建築家。兵庫県立美術館も担当

(*2)佐渡裕 指揮者であり、兵庫県立芸術文化センター芸術監督

たくさんの人に喜んでもらえる、こんな最高なことないじゃない?

ーご自身が美術の世界に入られることになったきっかけは?ー

「中学生のときに、家族に連れられてルーブルの展覧会に行って興味を持った。子供の時の感動は大きいので、すごく大切。

それが僕が子供たちに美術館に来てほしい、と強く願っている理由なんですよ。子供の時に感動を受けると、大人になってからまた自分の子供を美術館に連れて来るようになる。僕自身も、子供の時に美術館を訪れた経験がなかったら、この世界に入っていなかったと思う」

ー私も子供の時、父にルネッサンス展に連れて行ってもらい、とても感動しました。本物を観たくて、大学時代バイトをしてフィレンツェに行ったんですー

「そうでしょう?僕も大学3年生の時、フィレンツェにいきましたよ。40日間かけてイタリア一周した。当時、ルネッサンスの専門の教授に頼んで、ご夫婦でついてきてもらって。ツアーとして応募したら30名くらい集まった。バスの運転手も手配して、運転手のお嬢さんも一緒に、シシリー島までイタシア一周しましたよ」

草間彌生さんの作品のクッションと
草間彌生さんの作品のクッションと

ーご自身で企画されたんですか?ー

「そうですよ。そのころからリーダーシップがあったんだよね(笑)。自分だけじゃいけないでしょ?だって英語もできない、イタリア語もできなかったから。

それで大学卒業後、3年半日本橋の美術画廊で働いて、その後トロントの博物館に行った。そうしたら、そこのボスが「君はトップになる人間だから、博士号をとらなくてはいけない」と。なるほど、そうか、と。どうせ途中でやめるなら一番の大学に行こうと思ってハーバードに行ったんだよ。かっこいいじゃない?」

ーなぜボスに「君はトップになる人間なんだ」と言われたんだと思いますか?ー

「いやぁ、自分でもそう思ってたから(笑)。やっぱり努力さえすれば誰にも負けないっていう自信があった。勉強はできなくても、努力さえすれば、遊ばなければできる、とね」

ーすごいですね。蓑さんのその溢れるパワーの源はなんでしょう?ー

「情熱だね。ただ、情熱も大事だけれど、情熱+努力もしないとだめだよ。あとは「ビジョン」を持つこと」

「京都大学の山中先生(*3)と安藤さんと、県内の高校生を1,000人くらい招待して山中先生の話を聞かせようという企画をした。色々な企業からお金を集めてきてね。

そのとき、山中先生が大切だ、と言っていたのも「ビジョンを持つ」ということと「ハードワーク」。僕が思っている事と一緒だった。夢を持つのはいい。でも夢じゃ長生きできない。「ビジョン」「これをやりたい」という目的を作らないと。

そして、やりとげないと、それはビジョンではない。ビジョンというのは、目的ですから、なにかやり遂げる、という」

ーなんのためにやるのかってことですよねー

「そうそう。自分のビジョン、目的をやりとげたいじゃない?その時の喜びは何倍もうれしいじゃないですか。別にお金持ちになろうとかは考えてないけど、たくさんの人に喜んでもらえる、こんな最高なことないじゃない?

そして、大事なのは崖っぷちに立つこと。僕はいつも崖っぷちに立っている。落ちたくないから努力しますよ。やっぱり人が美術館に入ってなかったら寂しいしね。なんのためにここにいるんだろうって

「それがまさに僕の人生だから」

「自分も努力したけれども、それ以上に人に尽くしたいわけですよ。せっかく自分がやったことだから、たくさんの人に同じことをシェアしてほしい。そうしたら日本は明るくなるし、そのためには努力をしなくちゃいけない。

好奇心だけじゃなくて、やり遂げないと。そして、やり遂げると喜びを感じて、また次のビジョンが生まれてくるんですよ」

(*3)山中 伸弥 京都大学教授 ips細胞の研究でノーベル生理学・医学賞受賞

僕は未来を作るためにここに来た

ー蓑さんは美術館の中だけでなく、地域と美術館をつなげようとされていますよね。その美術館をとらえる視点の高さはどこから来るのでしょう?ー

「金沢21世紀美術館でやっているからね。金沢は伝統工芸の人間国宝がうじゃうじゃいる。その中で現代美術でしょ。すごい反対だったんだよ。

ぼくが言ったのは「金沢は過去は素晴らしいけど未来がない。僕は未来を作るためにここに来た」だから子供に来てもらうしかないんだ、とね。そして市内の子供を全員招待したわけですよ」

金沢21世紀美術館
金沢21世紀美術館

「そして今、毎年来館者数が230万人ですからね。やっぱりそれは子供が呼んできてくれる。子供たちが現代美術の楽しさを大人に伝えることで、人が来るんですよ」

ー美術館目当てに金沢にいくっていう流れができていますよねー

「普通美術館は建物が完成してから学芸員さんが入る。それじゃ遅いんですよ。完成する一年位前から色々なしかけをしていかないと、そしてお客さんをワクワクさせないとダメなんですよ」

「あと僕は必ずメジャーな旅行会社を呼んで、金沢に一晩泊まりで来てもらっていた。旅行雑誌があるでしょう?必ずフルページ特集してもらった。海外の観光地なら美術館が1ページ載っているのは当たり前ですからね。そういうことの積み重ねがボディブローのようにきいてくるんです。

僕が当時市長に伝えたのは、「1~2年後の成果は期待しないでください。ただ必ず10年後に成果を出します」ということ。

結果的に開館して10年後、石川県が全国学力テストでトップになった。

感性がいかに子供たちのやる気を出すか、ということの証明です。ただ親に言われて勉強するんじゃなくて、自らやりだすためには、とにかく楽しくないと!

子供たちの意識を変えたんですよ。美術館から」

ゴルフに行く時間があったら、孫を美術館に連れて行きなさい

ー今の時代、未来に向けて美術館の果たす役割、意味はどんなものでしょう?ー

「美術館を、普段ぶらっと来てくれるような場所にしたいんです。企画展があるから行くんじゃなくて、今日は時間があるから行ってみよう、とか。人々が自然と集う場。

そのためには、良い所蔵作品もたくさん持っているから、コレクションを使いながらおもしろい企画の展覧会をやっていきたいし、それがもっともっと浸透していってほしいと思っています。

日本の美術館って企画展がなかったら行かないでしょ?外国へ行くと、どこの田舎のじいさんばぁさんも美術館に行くんですよ。日常生活の中に美術館という場所がある」

ー私、実は日本で美術館に行ったことないんです。敷居が高くて(熊井)ー

「でしょう?だから子供に来てもらうんですよ。

ロータリークラブに呼ばれて行くことがありますが、「ゴルフに行く時間があったら、孫を美術館に連れて行きなさい」って言ってるんです。そうすれば日本は変わる、って伝えている」

「子供を連れて来て騒ぐと恥ずかしいから連れていきづらいという想いがある。でも大丈夫です。連れて来たら絶対変わります。みんな動物園には連れて行く。同じように美術館に連れて来なきゃ」

ー美術館では静かにさせなきゃという意識があったかもしれないです(熊井)

「日本ではそれが問題なんです。外国人は美術館で友達と作品についてしゃべるのが普通。でも日本では注意されたりする。

やっぱり、美術館では「あなたどう思う?」とかしゃべりたいじゃない。それができないなんてバカバカしい。美術館では自然体でいいんですよ」

ー子育て世代の私たちにとっては、そういって頂けるととてもうれしいです。ありがとうございましたー

野崎 安澄

NOZAKI AZUMI

愛知県在住の2男児の母。NPO法人セブンジェネレーションズ共同代表/愛知アーバンパーマカルチャー発起人。東日本大震災・福島第一原発の事故をきっかけに、子供達に7世代先まで環境的に持続可能な美しい地球と公正な社会を残すための活動をスタート。持続可能な環境・社会を作るためのワークショップやオンラインコースの立ち上げ・様々なコミュニティ運営を行っている。2020年は愛知で仲間達と本格的な米作り&畑もスタート。自分の人生を120%楽しみながらDEMOくらし編集部で編集/ライティングをしています。

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