2020.01.15
なりわいを考えるシリーズ
まちと水ぞく。親しみ、その土壌。〜神戸市立須磨海浜水族園〜【後編】
文:大森ちはる 写真:いしづかたかこ
【前編】ハレとケの境界があわい町、神戸。
【中編】「親しみ」とは、生活文化にぬめりこんだ記憶。
【後編】観光は、楽しむことか。楽しませてもらうのか。
観光は、楽しむことか。楽しませてもらうのか。
あ、いま掴みかけたかもしれない。「チープ」は、いわゆる「メジャー」で「ラグジュアリー」な水族館と対比しての生存戦略なのだろうけれど、お客さんを含めた世の中におもねる佇まいではないのだ。きっと。「なんでもある」に端を発し、またそこに帰着する全員野球。ときにはみ出し、ときに目線をずらし、「なんでもある」を重層的にあそびつくす。
大鹿:
僕は、神戸市民のスマスイのチープさへの親しみを、すごく信頼していて。神戸でこども時代を過ごして須磨海浜水族園に来たことがないひとって、たぶんいないと思うんですよ。水族にまったく興味のない子だったとしても、遠足で有無なく連れてこられるでしょ。僕は25年ここで働くなかで、「スマスイきらい、二度と行かへん」というひとを聞いたことないんでね。その遠足で「もっと見たい」「見そびれた」と思う生きものがいた子はまた自分で来るでしょうし、大きくなってデートで来る子もいるでしょうし。なんらかのかたちで、水族園は神戸市民に携わってきたんじゃないかと思いますね。そこで親しみというのは、おとなになって神戸を出た先の地で水族館に行ったときに、その水族館と不意に比較するものがあったとすれば、それはスマスイですよ。それはそのひとの心のなかにずっと湧いているもので、親しみがなければ自然とその記憶もなくなっているでしょうから。
親しみからすべて入っていくと思うんです。親しみがあって、親しみができて、付き合って結婚するでしょ。親しみがなければ何もスタートしないんじゃないですか。
身も蓋もないことをいえば、水族館は観光産業なのだろう。「ワーッ」と来てもらって、「キャーッ」と楽しんでもらってナンボの世界。「ワーッ」「キャーッ」をいかに駆り立てるか。その向かいどころや道筋をしっかりと御膳立てするのが、デキるレジャー施設。でも、思うのだ。御膳立てされた「ワーッ」「キャーッ」にふけるばかりも、つまらなかろう。焼肉はおいしいけれど、毎日毎日では飽きてしまうのと同じで。娯楽のバリエーションとして。
須磨海浜水族「園」には、敷地の入口から出口までの決められた順路がない。いくつもの建物を好き好きに回遊する。とくに行き当たりばったりで見てまわる我が家の小1娘なんかは、「あれ、アマゾン館さっきも来たよね」とか、さかなライブを観にいくはずが世界のさかな館に迷い込んでそのまま見入ってしまったり、帰り道になって「イルカ観るの忘れた」なんてザラだ。「これさえ押さえておけばOK」のお墨付きがいないぶん余計に味わうのかもしれない、「もっと見たい」「見そびれた(かもしれない)」感覚。
園地で構成されているスマスイ。オフィシャルサイト内の園内マップより。
御膳立てされたものを刹那的に「楽しませてもらう」だけでなく、自分でそのときどきに「楽しむ」対象を見つける機会が、スマスイには散りばめられているように思う。そして、その「楽しむ」記憶の積み重ねが、親しみと化していくのでは。
大鹿:
見つけてもらうのは嬉しいですね。うちは「見せる」よりも「生きざま展示」を基調にしているので。どんな生態で何を食べてどこに棲んでいるかよりも、その魚が住んでいる自然環境的なコンセプトを見てもらった方が、より感じ入ってもらえることが多いんじゃないかと。イルカもね、よそでは「イルカショー」って呼んでいるところが多いと思うんですけど、スマスイは30年前に始めたときから「イルカライブ」と言うてるんです。
そんなスマスイも、もうすぐ終焉を迎える。全面建て替えの「再整備事業の優先交渉権者(設置予定者)」は「西日本最大」の水族館を計画しているそうだ。それは、先の「東洋一の水族館」須磨水族館からいまの須磨海浜水族園に受け継がれている「なんでもある」の継承なのだろうか。
大鹿:
これまでの60年を踏まえて、これからの30年を想いながら、僕らはスマスイの「なんでもある」や、水族が本来行動するなかで見せる能力に迫る「生きざま展示」を継承する水族園を考え抜いて提案したんですけど、残念ながら選考で敗れてしまいました。あちらの方々の計画は、報道されているようにシャチやイルカのショーがメインに据えられたもので、「西日本最大」というのは、ショーのプールの予備槽の大きさも含めての水量ですね。約600種1万3,000点というスマスイの生きもののバリエーションやコンセプトの継承ではなくて。だから、水族館・園が60年間市民の皆さんと築いてきたなりわいは、ここでエンドマークを打ちます。なりわいの様相としても、いまとはまったく違うものになると思います。
でも、あちらも、僕らとは違う絵ですが、これから30年続く水族館像を描いて提案されたので。あとは神戸市民がどう受け入れていくか、どう親しんでいくかというところでしょう。
いつも娘とするように、この日も帰りは海沿いをJR須磨駅まで歩いた。遊びながらの娘といっしょなら1時間かかる道のりも、ひとりなら20分である。途中で振り返ると、左にスマスイ、右に須磨の海。
親しみってなんだ。
残念ってなんだ。
続けるとは。
断ち切るとは。
なりわう。その時間の連続性が築いてきたもの、まみえたひとりひとりの個別の人生に及ぼすものに頭を巡らせていたら、あっという間に駅に着いてしまった。
神戸市立須磨海浜水族園
〒654-0049 兵庫県神戸市須磨区若宮町1丁目3-5
電話: 078-731-7301
オフィシャルサイト: https://www.sumasui.jp
大森 ちはるCHIHARU OMORI
夫とひよこ(娘・小1)と3人暮らし。機嫌よく気前よく、神戸のまちで日々を営みたくて。